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2012年6月11日 (月)

城攻め戦記 ~備中松山城~

なぜかこのタイミングでお城の話です。
 
ゴールデンウィークに、岡山県高梁市にある備中松山城を攻めてきました。
「松山城」といえば愛媛県の松山城が有名ですが、こちら岡山県の松山城も
江戸時代の建築がそのまま残る「現存天守」で、しかも現存十二天守の中で
最も高い標高430mにあります。
明治時代に発令された廃城令により取り壊されるはずでしたが、高地にあるため
わざわざ壊しに行くのが面倒で取り壊しを免れた城です。
 
「日本三大山城」のひとつに数えられ、ふもとからは、途中の城見橋公園駐車場
までは自家用車で上がれますが、そこからさらに途中のふいご峠まではシャトルバス、
さらにそこから20分ほど歩いて本丸にたどり着きます。
 
もちろん時間と体力のある人はふもとから歩いて登って、城攻め気分を楽しむもよし。
 

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登山中はこんな素敵な景色に出会えます。
 

Bm002
 
上に行くにつれ、石垣などの遺構があらわれてきます。
 

Bm003
 
急峻な斜面を利用しているので、石垣も迫力がありますね。
 
そして本丸に辿り着くと、待望の天守閣が。

Bm005
 
奥の2階建ての建物が備中松山城天守。
姫路城や熊本城しか知らない人には物足りないかもしれませんが、
多くの天守が3階以上なのに対して異彩を放っていて、味があります。
 
備中松山藩は6万石ぐらいだったので、全国に数多存在した同程度以下の
石高の城は、実はこんな感じの天守だったのかもしれません。
 
この日はちょうど「たかはしお城まつり」が開催されていて、甲冑の着付体験
ができました。
 
そんなわけで早速。

Bm008
 
この写真のツッコミどころは、
 
なぜ足元がヒュンメルw
 
。。。ではなく、
 
なぜ新選組?
 
ですよね。
 
実はここ備中松山藩は、谷三十郎をはじめ多くの新選組隊士を輩出しているのです。
そんな縁で結成された「岡山新選組」のみなさんと。
 
ちなみにこの兜の前立ては、この地で命を落とした「ミスター七難八苦」(?)
山中鹿之助幸盛をイメージしたものだそうです。
 
 
 
なお、ここから岡山市へ行く通り道に、豊臣秀吉の水攻めで有名な備中高松城の
城跡もあるのですが、
 

Bm006
 
こちらはただの公園になっていました(・ω・)

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