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2011年6月15日 (水)

中国攻め ~広島城編~

荒木村重が謀反を起こしたため、中国攻めの記事化が大幅に遅くなってしまいました。
 
。。。ウソです。サボってただけです。
 
さぁさぁそんなわけで、吉田郡山城へ行った翌日に、広島城へ行きました。
その間にものすごく濃い出来事がたくさんあったわけですが、城攻めには関係ないので
今回は割愛させていただきます。
 
広島城は、吉田郡山城に本拠地を置いていた毛利氏が、広大な領土を治めるために
新たに築いた平地の城(平城)で、元就の孫でボンクラ大将(!)こと輝元が築城しました。
しかし、築城後間もなく関ヶ原の戦いの責を問われ、萩に飛ばされてしまいました。
その後、福島正則が入城しますが、こちらも城の無断修理を咎められ言いがかり的に
処分され信濃に飛ばされました。何だか縁起が悪いですね。
その後を次いで入城した浅野氏は明治維新まで治世を続け、今日の広島の発展に
つながったと言われています。
 
戦時中まで天守閣は残っていたのですが、原爆で跡形もなく吹っ飛んでしまい、
現在の天守閣は昭和28年に鉄筋コンクリートで建てられました。
広島市民にとって、広島城は単なる史跡ではなく、廃墟の中から立ち上がった復興の
シンボルであると勝手に感じています。
 
現在確認できる縄張りは内堀・本丸・二の丸のみですが、往時は芸備49万8000石の
盟主にふさわしい広大な城だったようです。

Hrs001
こちら二の丸。本丸とは橋1本で繋がっているだけで、出島のようになっています。
この構造は「馬出」といい、戦時に城の防御力を高めるために設けられました。
 

Hrs003
そしてこちらが天守閣。鉄筋コンクリート製とはいえ、外壁に木板を貼って
あるので木造のように見えます。
代表的な城といえば、姫路城と熊本城が挙げられますが、それに勝るとも
劣らない雄姿だと思いませんか?
僕はあまり現存天守にはこだわらないので、ここの天守閣はかなり好きな
タイプです。
しかも、どの角度から見ても様になるんですよね。

Hrs004
 
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Hrs006

 

Hrs007
 
現在は大天守だけですが、往時は脇に2つの小天守があったそうです。
同じ望楼型ということで、姫路城のような豪壮な姿だったことでしょう。
原爆が投下されなければ破壊されなかっただけに、残念でなりません。
 
完全な天守閣の姿を見てみたかったです。

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コメント

割愛されとるやないかいヽ(´ー`)ノ
その節はお世話になりました。広島はいいところです。また遊びにきんさいね♪

投稿: かえで | 2011年6月18日 (土) 00:54

>かえでさん
その節はありがとうございました、ステキなヒロシマナイトならぬ
ヒロシマアフタヌーンでした。
城の記事のついでに書くには濃すぎる内容だったので、
万博のあとにでもしっかり書かせていただきます人( ̄ω ̄;)

とりあえずひとこと言わせてもらうなら。。。

ヒロシマ、サイッコデス♪

投稿: ひらこ | 2011年6月19日 (日) 10:25

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