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2009年10月13日 (火)

中津城でござる

萩城を攻め落とした(笑)翌日は、大分県にある中津城を攻めてきました。
 
091004_
名参謀・黒田如水が築き、細川忠興が改築した城で、「日本三大水城」のひとつに
挙げられています。
現在は見事な天守閣がそびえているのですが、これは戦後になってから鉄筋コンクリートで
建てられた“模擬天守”で、当時はこのような天守閣は無かったというのが通説です。
この形状、昨日のエントリーを見た人はピンとくるかもしれません。
そう、萩城の天守をモチーフにしているのだそうです。
なぜ大分の城に山口の城を持ってきたのかはわかりませんが、萩城→中津城という
順に見に来た僕にとってはちょうどよかったです。
昨日紹介した石垣にこの天守を乗せるとどうなるか?
 
というのは時間がある時にフォトショップでちょちょっとやってみようと思います(笑)
 
さきほどの2氏に次いで入城した小笠原氏のあとを受けてこの地にやってきた奥平氏が
明治維新までこの地を治めました。
この奥平氏というのが、長篠の戦いで徳川方として長篠城に籠城し、武田軍の猛攻を
耐えた奥平信昌の家系であるため、天守内の博物館には彼が長篠戦で着用したとされる
甲冑や、
Nkt001
 
社会化の授業でおなじみの「長篠合戦図屏風」が展示されていました。
Nkt002_2
織田信長や豊臣秀吉、徳川家康、武田勝頼など名だたる名将の存在が確認できます。
 
Nkt003_2
お、又左もいる☆
 
ちなみにこの奥平信昌は美濃国加納藩を治めていた時期もあったそうで、
岐阜との不思議な縁を感じました。
 
戦国期の有名な武将2人が居城としていたにもかかわらず、現在では訪れる人も
少なく、ずいぶん閑散としていました。
「維持費がかさんで毎年赤字に陥り、売却先を探している」なんて暗い話題もある
そうです。
 
最近の戦国ブームで来場者が増えるといいのですが。。。
 
とりあえず落城、と。
Rakujou2

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