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2008年4月 9日 (水)

勝手に短期集中企画 Go To 平塚①

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いきなりですが、タンスの中に入ってた懐かしいベルマーレグッズです。
初期のタオマフと、平塚駅前にあったオフィシャルショップで買ったテレカ。

何を隠そう、昔ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)ファンをやってました。

平塚に行ったのは1回きりで、名古屋や長良川であった時に行ったぐらいなのでサポーターではなくただのファンでしたが、今月26日の湘南戦で、およそ10年ぶりにベルマーレの試合を観に行くことになります。

岐阜サポの中で、湘南に特別な思い入れを持っていて、対戦を楽しみにしているのは僕ぐらいのものでしょうが、来たる湘南ベルマーレ戦に向けてモチベーションを上げる意味でも今日から何回か取り上げてみようと思います。福岡と横浜FCファンの人、すっとばしてすみません。あと、湘南には特に何も無い岐阜サポの人、テキトーにスルーしてください(笑)

湘南ベルマーレの前身はフジタサッカー部。その前身の藤和不動産時代から数えると40年の歴史を持つ古豪クラブです。フジタ時代に天皇杯で名古屋を破ったこともあり、当時のアマチュアチームの中でも屈指の強豪でしたが、93年(Jリーグ初年度)のJFLで、ヤマハ(現ジュビロ磐田)を抑えて優勝し、Jリーグ昇格第1号クラブとなりました。
この時、すでに湘南ベルマーレというチーム名だったのですが、当時「ホームタウンの市町村名を入れること」というJリーグの規定があったため採用されず、「ベルマーレ平塚」と改称し、Jリーグへ昇格します。初期のファンにとってはいまだにこの名称のほうがしっくりくるのですが。
ちなみにFC岐阜の岐阜は「市」ではなく「県」のほうだと思ってます、はい。

J加盟した初年度のサントリーシリーズ(懐かしいな)では、守備が崩壊し12チーム中11位に沈みました(ちなみにこの時の最下位は浦和)。「4点取られたら5点取る」という超攻撃的スタイルは熱心なファンを増やす一方で、「ザルマーレ」と揶揄されもしました。

が、続くニコスシリーズでは、アメリカW杯で優勝したブラジルが採用していたダブルボランチシステムを導入(田坂&エジソン)し、さらに左DFの岩本輝雄を左MFに、左DFに公文をコンバートしたことで守備が安定化。攻撃に専念できるようになったテルの左足はさらに凄味を増し、相手マークのうすい中盤に下がった司令塔ベッチーニョは数々の美しいパス、ドリブルでゴールを演出しました。
このシリーズでは、当時絶対王者だったヴェルディ川崎と1勝差の2位になり、その勢いのまま天皇杯で優勝、まさに栄華を極めました。
小島、名塚、名良橋、アウミール、野口などなど、当時のメンバーは今でも覚えています。

その後も、アジアナンバー1リベロの洪明甫、ホンダから加入した呂比須、東京ガスから加入した関、弾丸フリーキックのクラウジオなど個性的な選手がチームを支えてきましたが、忘れてならないのが、あの天才

中田英寿

フランスW杯後にイタリアに移籍するまで、若くしてベルマーレのキングとして君臨し続けていました。97年のアジア最終予選以降、急に脚光を浴びるようになり、「何だよ今さら」とフテ腐れた覚えがあります(笑)

しかし99年、経営の建て直しのためメインスポンサーのフジタが撤退すると、一転してチームは存続の危機に陥ります。
その前年には横浜フリューゲルスが、やはり同じようにメインスポンサーの撤退により解散したことから、ベルマーレも無くなってしまうのではないかと心配されましたが、何とかチームの存続は決定しました。しかし、緊縮財政のため主力選手を大量放出せざるをえず、この年までに全盛期の主要メンバーはみなチームを去ることとなってしまったのです。
高田(現草津)、西山(現大分)らが奮闘するも、他チームとの戦力差は大きく、屈辱の最下位。
しかもこの年から2リーグ制が導入されたせいで、失意のままJ2降格。
J昇格が第1号ならば、J2降格も第1号としてJリーグに名を残しました。

ここからJ2の長い冬の時代が続きます。
降格時に、財源確保のため小田原市や藤沢市、大磯町などにホームタウンを拡大し「湘南ベルマーレ」の名前が復活しますが、成績はJ2でも低空飛行を続け、昇格争いを繰り広げることなく監督の首と選手だけがどんどん入れ替わっていきました。
この間もオフィシャルショップが閉店、練習場の大神グラウンドが使えなくなるなど暗い話題の多かった湘南。ただ、「地域に根ざしたサッカークラブ」への変貌は少しずつ始まっていた。。。そうです(笑)

というのも、テルが移籍してJ2降格した辺りから熱が醒めたので、J2時代についてはあまり知りません。気づいた時には生え抜きのエースだった高田が草津に移籍して、天皇杯でFC岐阜相手にハットトリック決めてました。

2007年シーズンは、前年加入したアジエルがチームの中心となって、終盤まで昇格争いに参加。最終的に6位で昇格を逃したものの、功労者アジエルの残留に成功し、2008年は10シーズンぶりのJ1復帰を目指しています。

今シーズンの顔ぶれは、昨年抜群の安定感を示した元日本代表の斉藤&元FC東京のジャーンというセンターバックコンビに、前出のアジエル、そして福岡から移籍したFWリンコンなど。柏で走りまくってた加藤望や元名古屋の原竜太もいるんですね。
あとの選手は。。。 ゴメンナサイ、正直わかりません。
10年以上前とは当然顔ぶれも戦術も変わって別のチームですよね(苦笑)

ちなみに成績は広島&横浜FCの降格組に連敗したあと、なんと徳島に今季初勝利を献上するという不安定な序盤戦で、3勝3敗の5位。
お互いこのままの調子ならば、FC岐阜にも勝機があるのではないでしょうか?

とりあえず今日はこの辺で。

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コメント

こんにちわ。僕は岐阜兼清水サポでもありますが、当時の平塚のサッカ-は面白いと思ってました。僕の中で印象に残っているのはベッチ-ニョです。平塚には行けそうにありませんが、岐阜のホ-ムの試合には是非行きたいと思っています。

投稿: 0160 | 2008年4月 9日 (水) 07:55

>0160さん
こんばんは。コメントありがとうございますm(_ _)m 当時の平塚ファン(?)に出会えてうれしいです。
リネカーやリトバルスキーなど大スターがワンサカいた当時のJリーグでは、ベッチーニョって地味な存在でしたが、今ならばポンテと同等かそれ以上の輝きを放っていたと思います。
 
長良川でお会いできるといいですね☆

投稿: ひらっち | 2008年4月 9日 (水) 22:33

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